長いこと見てきたせいか、格闘技雑誌を読んでも選手のインタビューで唸らせられることがあまりなくなってきたこの頃。今日久々にしっくりいくものを読んだ。隔月誌「Fight&Life」での修斗初代環太平洋ウェルター級王者・朴光哲のそれだ。
「総合っていうのは最終的には、幅が広いやつが勝つ。1つの軸があって、回転させなくていいから幅が必要。それが今の総合におけるコンプリートファイターだと思う。1つ凄い武器があるのに、実は他のこともチョットできるんだよ、みたいな」
なんかすごく納得がいったんですよね。修斗好きの私にとってその理念である「打・投・極の回転」は総合格闘技における理想像ではある。でもそんな試合って1年にほとんどお目にかからない。1試合あるかな?って。トップレベル同士の試合になると更に難しいと感じる。色々な偶然が重なって見られる奇跡が「打・投・極の回転」なんじゃないかな?と最近はつとに思う。
上の朴選手の言葉はインタビュー全体を読めばより伝わるんだけど「回転させなくてもいいから」が重要なポイントだと思う。打投極すべてを最高に持っていくのは至難の業だし、それを場面場面で有効につかうのは更に難しい。だから最低でも「苦手」をなくして、相手の「得意」にも「対応」できるレベルに持っていって、自分の「得意」を相手に「対応」させないものにしていけばいいということだと思う。
そしてそれらをうまく試合で発揮するためには身を削った経験が必要なんだ、と。
ベテランといっていいキャリアを持ち、世界的な強豪にも勝利していながらもそれを「隠れた勲章」にさせられてる、過小評価されてる実力者・朴光哲だからこそこの言葉には重みを感じるし、納得できるものがある。
こうも言っている「以前のように何をやってくるかわからないっていう緊張感がなくなった。なんか約束事みたいな攻防が増えてる。俺も殴るから、お前も殴ってこいみたいな。タックルはないなっていう試合だらけ」私も最近見てて「凄いんだけどスッキリしない部分がある。でもうまく言葉では言い表せない」ってことが多くあった。朴選手は非常にわかりやすく言ってくれて「これだ!」って感じましたね。
そうなんですよ、「あえてタックルにいかない」ように見せて実は「タックルに行く気が最初からない」選手ってけっこういる気がするんですよね。なんというか自分から流れを作れない、または自分の悪い流れを変える術がない選手が上位陣含め増えたな、と。
なぜか?その原因こそが朴のいう「幅」が狭いからということなんだと感じる。得意なことが少ないから1つ封じられれば手詰まりになる。やれることが限られているから意外なほころびから崩れる。
インタビューというよりコメントだからけっして言葉数は多くないし、難しい言葉を使わず簡単な言葉でサラッとまとめた言葉ばかりです。でもだからこそ分かりやすくて、しかも納得できるこの記事。今月の「Fight&Life」、お勧めします。